何のスポーツ競技であっても、世界一になることは至難の業だ。その頂点に立てるのは世界でたったひとりだからだ。まして世界新記録を樹立することなど、並大抵のことではなし得ないからだ。世界新記録を達成する瞬間。それは歴史を塗り替える瞬間でもある。今日はそんな歴史的な一ページに立ち会っていただきたい。
200m平泳ぎ
岐阜国体競泳競技第1日にとびだした、高校生山口観弘による男子200m平泳ぎ世界新
インタビューでは「正直狙っていたのは2分6秒台だった」とさらりと言ってのけるのは超大物の片りんをのぞかせる。
2009年世界陸上男子100m 驚異のタイム
ベルリン世界陸上の男子100m決勝でウサイン・ボルトが驚愕の世界新記録9"58で
世界選手権フライングヒルで驚異の世界新記録250mの瞬間
2015,2,15 ノルウェー・ビケルスン
スキージャンプ フライングヒルでペテル・プレヴツが250mの大ジャンプ。通常スキーのジャンプ競技と言えば、ラージヒルを思い浮かべる。昔でいう90m級ジャンプだ。そこでは130mも飛べばK点(これ以上飛ぶと危険)を超える大ジャンプとなるが、世界最大のノルディックスキーの種目がこのフライングだ。しかもラージヒルの平均的飛躍の約二倍もの距離を稼ぐのがこのフライングだ。その距離、実に250m。素人の私から見れば、飛ぶというより、100km/h前後のスピードで、生身の人間が崖から落ちていく印象。もちろん転べばただでは済まない。日々の鍛錬と精巧な技術が兼ね備わって初めて成功する世界だ。まさに超人(鳥人)と形容するに相応しい競技だ。
王貞治、世界新記録の756号を放った瞬間
昭和52年9月3日、後楽園球場でその瞬間は訪れた。この年、列島は巨人軍の王選手のホームラン記録一色となった。その前日も放送時間を延長して彼の打席を追いかけた。列島中が新記録への期待が注がれるプレッシャーの中、フランチャイズの後楽園のヤクルト戦で鈴木康二朗投手から放った一打はライナーでライトスタンドに吸い込まれた。大殊勲となるホームランに列島中が大フィーバーに包まれた。大ジャンプして祝福する張本勲選手の姿やセレモニーでは王選手のご両親が登場し、感謝を示すシーンも繰り広げられた。歴史に名を残すことを嫌い敬遠の四球に逃げた投手もいる中で、鈴木投手は真っ向勝負で立ち向かった。その姿勢も賞賛に値する。その証拠にこの年彼はチーム一の14勝(9敗)を挙げ、その翌年も13勝(3敗)を挙げる活躍を残した。
2008年北京五輪100m平泳ぎ 世界新記録達成
オリンピック2冠のプレッシャーとレザーレイサーという特殊素材の水着導入に翻弄されたこの年のオリンピック。従来型の水着で勝負し続けた北島康介は大スランプに陥っていた。Tシャツにプリントされた文字「泳ぐのは僕たちだ」という無言のアピールを打ち出した彼は、B型らしく反骨精神の塊であった。静かに闘志を燃やす彼は、本番でその力量をいかんなく発揮し、見事世界新記録となる58秒91で優勝したのだった。ゴール直前、強敵のオウエンやブレンダン・ハンセン選手を交わし、先頭でゴールタッチしたその姿は日本全国を感動の嵐に巻き込んだ。従来の世界記録59秒13を0秒22も短縮する快挙だった。両手を突き上げて喜びを爆発させる彼の姿がそれまでの苦労のすべてを物語っていた。
記事作成:7月4日(月)~