30年以上も前の出来事になるが、私の高校時代は恋の話もなく、ただひたすら学校と家との往復でむなしく過ぎ去っていった。むしろ中学時代のほうが想い出に残る出来事が多かった。英語塾で、淡い恋心を抱いていた他校の同級生との甘酸っぱくもほろ苦いエピソードもあったし、「アリス」に憧れてギターを弾いていたあの頃。そんな私の青春時代(1970年代後半から1980年代)に流行って、私の半生記に彩を添えてくれた、私が好きだった名曲を紹介し、生きた証をここに刻みたい。
想い出がいっぱい(H2O)
この曲はあだち充作の「みゆき」の主題歌になった。
今でも懐かしくカラオケで熱唱する世代だ。この頃は雅夢の「愛はかげろう」やあみんの「待つわ」など、カレッジフォークが再燃した時代だった。
https://www.youtube.com/watch?v=04SpqyUcNlM
青春の影(チューリップ)
結婚式で歌われる名曲。1番の歌詞は結婚を意識した男性が、奥さんになる人を幸せにすると誓うグッと来る内容だが、2番、3番と進むにつれて、互いの意識に変化が訪れて、急に別れの曲になってしまうと思っていた。しかし、これは、「今日から君はただの女」「「今日から僕はただの男」という歌詞は、別れて他人同士になるという意味ではなく、結婚して、お互いが恋人同士という特別な存在だったのが、結婚することによって、特別な関係ではなく、ただの男女の関係になるというハッピーエンドだと解釈できるようになった。
この曲は、チューリップが多大な影響を受けた「THE LONG WAY WINDING ROAD」を手本として作った楽曲だと聞いている。確かに曲調も歌詞も似ている。
愛を止めないで(オフコース)
この名曲とオフコースというバンドに出会ったのは中1の頃だった。私は「さよなら」よりもこの曲のほうが好きだった。小田和正のあの混ざり気のない高い声は、心にビンビン響いて来るし、詩の美しさも際立っていた。女心にも精通している彼を心から尊敬した。それもその筈、東北大学を卒業後、早稲田大学大学院を卒業した秀才だった。彼の美しい歌声は、女性ファンの心をがっちり掴んだ。サビの「愛を止めないでここから逃げないで~」はメロディメーカーとしての片鱗を感じさせるものだった。
青春時代(森田公一とトップギャラン)
阿久悠とのコンビで名曲を築いた作曲家の森田公一が、トップギャランというバンドを率いて、自らがヴォーカルを務めて発売した名曲。私は当時、小学6年生だった。このようなエレキ主体の8ビートのポップス調の歌の登場に衝撃を受けたものだ。「俺たちの旅」や「われら青春」などの青春ドラマが数多く登場した頃の、走りの曲だった。この曲がご自分の青春時代だったという先輩諸氏も数多くいることだろう。
空も飛べるはず(スピッツ)
ご存知フジテレビ系列の連続ドラマ「白線流し」のテーマソング。青春時代に誰もが悩み、苦しみ、躓く中で、仲間と助け合い、そして支えあいながら人間として成長していく。そうした若者たちの懸命に生きる、真の姿を描いた名曲。主役の酒井美紀は可愛かった。
初恋(村下孝蔵)
この曲は、50歳以上の男性のシンボリックな青春ソングだろうと思う。昭和40年代に高校生だった方々にとっては、手をつなぐこともなかなかな出来なかった時代だった。淡い恋心を抱きながらも、今のような告白など難しかった。ラブレター(恋文)をしたため、そっと下駄箱や机の中に忍ばせた時代。そんな時代背景を切なく、しかし真心込めて歌ったのがこの曲で、未だにカラオケで大人気の曲だ。
村下孝蔵さんが若くして亡くなられたのが今でも悔やまれる。彼がご存命なら、もっと琴線に触れる名曲を世の中に残してくれたことだろうと思う。人生に影響を与えてくれた感謝を述べに、近いうちに彼の墓参りに訪れたいと思っている。
道標ない旅(永井龍雲)
彼の存在もまた大きい。松山千春と同じ立ち位置だったが、彼もまた高音域の発声が凄い。そしてサビの部分のメロディーは聞く者を魅了した。彼の詩は、当時の閉塞した若者たちに元気と活力を与えたに違いない。人生はしばし旅にたとえられるが、ありのままの生き方を描いた。「青春を旅する若者よ、君が歩けば、そこに必ず道はできる」。彼のメッセージは魂の奥底までガンガン響いてくる。
「電脳コイル」の主題歌はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=5fDW1H_iAiA
22才の別れ(風)
かぐや姫から脱退した伊勢正三が「風」を結成し、この名曲を世に放った。しかし、私が好きになったのは、1983年に日本テレビ系列で放映された「昨日、悲別で」というテレビドラマの挿入歌として使われたことだった。北海道の砂川の小さな炭鉱町を舞台にし、そこに生きる人々と、ダンスミュージカルの道を志す主人公の人間ドラマだった。脚本は「倉本聰」だった。
いきがい(松山千春)
この曲は私にとって人一倍思い入れが強い。中学時代、何のとりえもない自分が、親にねだってフォークギターを買ってもらい、練習に練習を重ねたニューミュージック。コピーの手本はアリス、オフコース、さだまさし、そして松山千春だった。中でも彼の「旅立ち」や「大空と大地の中で」、そしてこの「いきがい」は大好きで、壮大なスケールと大自然の雄大さを物語っている気がして、その後、私が北海道在住を決めた大きな理由となった曲。中3の音楽の授業で発表し、クラスの同級生たちの拍手喝さいを浴びた私にとっては想い出深い曲となった。
残念ながらこの曲は、動画サイトにはアップされておりません。
夢をあきらめないで(岡村孝子)
女子大生デュオ「あみん」のメンバーだった岡村孝子がソロ活動して、もっともヒットしたメッセージソング。曲も美しいが、その歌詞には励まされた人も多かったに違いない。私もお嬢様風の顔立ちと、おっとりした雰囲気、そしてあの透き通るような綺麗な声に癒された。
YELL!~16番目の夏~(井上昌己)
青春群像の代表格は「夏の高校野球」だろう。高校球児たちが全国予選を勝ち上がって甲子園出場を果たし、夢の晴れ舞台で熱戦を繰り広げる青春劇。その汗と涙が織りなすドラマは、人々を感動の渦に巻き込む。49代表校の中にもレギュラーになれず、スタンドから精一杯の声援を送る部員たちがいる。そんな裏方達にスポットを当てた名曲。歌詞をよく聞くと、全身を言い知れぬ感動が包む。
さて、今日の記事はいかがでしたか?私と同年代の方々には共感していただけたと思う。私も知らないうちに歳をとっていた。自分は気が若いつもりでも、人生の3分の2近くが過ぎた。「光陰矢の如し」とはいえ、こんなに早く若い時分は時間が経過するものかと驚かされる。あと何年生きるかわからないが、自分の人生に鮮やかな光を与えてくれたメッセージソングや、落ち込んだ時に励ましてくれたり、人生の羅針盤として光を灯し、方向を照らしてくれたものがこれらの名曲の数々だったことは明白だ。「人は世につれ歌につれ」と明言を遺した名司会者がかつていたが、その言葉を実感できる年齢に達したということだ。
残りの人生をさらに豊かに、そしてより深きものにしてくれる名曲との出会いを楽しみにして、今回の拙い記事を結びたい。
記事作成:11月22日(日)