歌手やスターと言うのは独特のオーラがあるとよく耳にする。それだけ凡人には及びが付かない特別な感性や価値観を持ち、それこそ神に選ばれし歌唱力や特有の個性があって、ただならぬ雰囲気に包まれているのだろう。中には世間ずれしていることもあるだろうし、一般人には理解できない才能や特徴がある。今日は、カリスマ的な存在で、神的対応や伝説になった登場の仕方をした歌手、ミュージシャンを取り上げてみたい。
松山千春
彼の登場の仕方は尋常ではなかった。歌手は、顔を売ってナンボという一般常識を打ち破った。昭和53年1月頃、世の中は新しいミュージックシーンを欲していた。そして誕生したのが「シンガーソングライター」と呼ばれるミュージャンによる「ニューミュージック」だった。それまでのフォークとロックを融合した新しいジャンルの誕生で、新たな音楽の幕開けでもあった。彼らの活動を後押しした番組が、TBS系列で放送していた「ザ・ベストテン」だった。そこで彼の「季節の中で」がランクインした時に、彼がカメラの前でせつせつと語ったことは、周囲の誰もが予想だにしなかったミュージシャンとしてのプライドと己の音楽への強い信念だった。
彼が、視聴者に向かってひとことひとこと慎重に言葉を選び、語った内容は大反響があった。翌日、学校へ行くと、その話題で持ち切りで、テレビ中継の場面を誰か録画か録音していないか問い合わせが相次いだ。それほど松山千春が、画面に向かって語った自らの方針や態度表明はある意味、斬新で衝撃的だった。一部音楽評論家には「生意気な奴」と映ったかもしれないが、私は当時中1で、彼の生き方や信念に影響を受けた。「こういう生き方もあるのか」と。時勢のブームに乗っかって、聴き手に迎合するのが音楽家としての生き方ではないということを知らされた。以後、彼は数週間ランキング1位を獲得しても、二度目の出演はしなかった。カッコ良さと男の生き方、シンガーとしての心意気なるものを垣間見た気がした。
残念ながら「YouTube」に公開されていた「松山千春ーザ・ベストテン初登場」の動画は削除されました。ご了承願います。
彼の出方は衝撃的で、彼と同じ対応をしたのが同じ北海道出身の「中島みゆき」と「松任谷由実」だった。不思議なことに共通点は3人とも血液型がO型ということだった。中島みゆきは当時、メロディメーカーで、「時代」「わかれうた」「ひとり上手」「悪女」と次々とヒット曲を飛ばし、ベストテンに何度も入りながら、一度たりとも生出演することはなかった。
松任谷由実については、「守ってあげたい」がランクインした時、「ザ・ベストテン」の生放送中に彼女から電話が入り、「もし来週もベストテン」に入っていたら、一度だけ出演したいという返答があった。もちろん、この反響は大きく、翌週、ランキングがジャンプアップし、公言通りにスタジオに登場し、生歌を披露した。しかし、後にも先にも出演はこの1回だけだった。「気まぐれで出てみた」と誰もが思った。しかし、この3人は或る意味、自らの信念を貫く「ビッグ」だった。
長渕 剛
「巡恋歌」という曲でデビューし、「おいらの家まで」「乾杯」「ろくなもんじゃねぇ」「とんぼ」など独特な世界観で、人生の悲哀や生き方を代弁するような曲を数多く手がけた。アイドルだった石野真子と電激結婚し、離婚。その後は、アクションスターだった志穂美悦子と再婚。私生活も派手で、コンサート会場ではファンと度々衝突し、トラブルが絶えなかったりするなど、独自の世界観に浸り、何人たりとも受け入れないような、とげとげしさや孤高な雰囲気があり、世間の閉塞感を歌に託した。
外見も筋肉質で硬派なイメージに変貌し、デビュー当時の軟派系の長髪に細身スタイルとは印象が激変した。そんな彼が40代を越えてから、作風も変わり、己の人生観を包み隠さず曝け出し、もがき苦しむ様や飾りは不要で、本心と本音で語ろうとする姿勢、男のプライドや孤独な生き様を表現するようになった。プロのアスリート達からは絶大なサポートを得ている。あの番長・清原和博が崇拝してやまない神的存在にまで上り詰めた。
彼がとった行動で、人間的な器の大きさを誇示したのが、震災時の自衛隊慰問や2011年の「紅白歌合戦」で、石巻市の焼け焦げた門脇小の校舎をバックに、その校庭でせつせつと歌った「ひとつ」だった。まるで彼が震災の被害者の心の叫びを代弁しているようで、シンボリックな存在となっていった。彼の奏でる歌は、いつだって魂が宿り、あからさまで明け透けながらも人間の本質を物語っていた。
「ひとつ」(紅白の映像より・・・歌はCoverです。)
被災者激励と自衛隊員慰問の模様はコチラ
やることなすことが桁外れ。スケールが大きい大人物という印象。泥臭いし、人間臭い。そんな不器用そうな生き方が共感を呼ぶのだと思う。魂を揺さぶられる、そんな生き方が良く似合う。「まさかの友が真の友」。彼を見ていると、極限にまで追い詰められた時に、人間としてどうあるべきか、どう生きるべきかを教えてくれるような気がする。
記事作成:9月29日(月)